声劇劇団 さくら座
二人芝居用台本 ストロベリームーン 原作、らふぁえる 脚本、長月 桜花
加奈子
尊(たける)
所要時間 30分程度
(セリフ以外は加奈子のナレーション)
「-セリフ-」は回想
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それは何のヘンテツもない通勤電車だった。
私はボーッと外を眺めてた。
その時下腹部に変な違和感を感じた。
やだ、痴漢!?
私を触るその手はどんなに動いても離れる事は無かった。
こわい!!
でも次の瞬間。
尊「てめー!何してんだよ!」
その声の主は私に繋がっていた手を掴みひねり上げた。
そして痴漢は次の駅で、その声の主に引きずられていった。
私は突然の出来事にボーッとしてしまった。
けどハッとした。
加奈子「あたし、お礼言ってない。」
電車は痴漢と声の主を置いて発車してしまった。
顔は覚えてる。
だから次会ったらお礼をしよう。
そう思っていた。
朝の事を考えながら帰りの電車に揺られながらボーッと外を見ていたその日はとても綺麗な紅い月の夜だった。
けどそれから一ヶ月、彼と会う事は出来なかった。
私はきまって同じ時間の同じ車両に乗っていた、なのですぐ会えるものと思っていた。
ところが彼は現れなかった。
半年たって諦めていた時、それは突然やってきた。
その日私は寝坊してしまい何時もの電車に乗り遅れまいと必死に走って駅に向かった。
改札を抜けて階段を登ってる最中、電車の発車ベルが鳴った。
私は最後の力を振り絞って階段を駆け上がった。
しかし無常にも目の前で電車のドアが閉まった。
加奈子「はあはあ・・・終わった」
遅刻の理由を考えたその刹那。
閉まったドアが再び開いた。
私は本能的に電車に飛び乗った。
加奈子「なんで?」
不思議に思っていたが理由はすぐにわかった、男の人が閉まる瞬間にドアに靴を挟んでくれて、安全センサーが働きドアが開いたのだった。
加奈子「ありがとうございます、助かりまし・・・あっ!」
私は目を疑った。
その男性はあの日、痴漢から私を助けてくれた人だった。
加奈子「あ、あの!」
尊「ん?」
加奈子「は、半年前に痴漢を捕まえてくれましたよね!?」
尊「え?えーと・・・あー、そんな事あったなぁ」
加奈子「わ、私、その時の被害者です!」
尊「そーだったんだ、それはそれは」
加奈子「あの時といい今日といい、本当にありがとうございました!」
尊「いーのいーの、俺あーゆーの許せないし、今日はとっさに足が出ただけだから」
加奈子「それじゃ私の気がすみません!よろしければお礼をさせていただけませんか?」
尊「本当にいいって、気にしないで」
加奈子「気にしますっ!お願いですからお礼させて下さいっ!!」
尊「んー、じゃあ」
私は指定されたファミレスの前に立っていた。
尊「遅れてゴメン!」
加奈子「いえ、私も今来た所ですから」
尊「さ、入ろうか」
彼はそう言うとファミレスの中に入っていった。
彼が注文した物、それはチョコレートパフェだった。
加奈子「そんな物でいいんですか?もっと高いものでも」
尊「いーのいーの、こうゆうのって男一人じゃ頼みにくいからさ」
そう言う彼の顔は明るかった。
尊「時田さん、ありがとうね」
時田 加奈子、それがわたしの名前だ。
加奈子「逆になんか恐縮です。・・・あの、岡崎さんはいつもあの電車に乗ってる訳じゃないんですか?」
彼の名前、岡崎 尊さん。はチョコレートの付いた口を拭いながら答えた。
尊「うちから職場まで二本の列車が並行してて、何時もは違う方の列車に乗ってるんだ」
加奈子「じゃあ今日はなんで?」
尊「何時もの列車に遅れが出ちゃってさ・・・そう言えば、あの痴漢捕まえた日もそうだったなぁ」
加奈子「え?じゃあ、あれ以来」
尊「二度目だね、その両方に時田さんが絡んでるなんて何か面白いね」
彼はそう言うと無邪気に笑った。
加奈子「・・・あの」
尊「んっ?」
加奈子「通勤ルート、あっちの電車じゃなきゃだめですか?」
尊「別にダメって事はないけど?」
加奈子「よかったら、一緒に通勤しませんか?」
この時の私は自分でも驚くほど勇敢だった。
尊「んー、別にいいよ」
加奈子「ありがとうございます!」
尊「一人より二人の方が楽しいし、それに・・・痴漢防止にもなるしね」
そう彼は冗談ぽく笑った。
そうして岡崎さんと別れて帰ってる途中に私はなんか引っかかるものを感じた。
尊「-何時もの列車に遅れが出ちゃってさ-」
って事は、あの痴漢を捕まえてくれた日。
-痴漢は次の駅で、その声の主に引きずられていった-
ただでさえ何時もの電車に遅れが出て予定が狂ってるはずなのに、岡崎さん途中の駅で降りちゃったんだ。
冷静に考えたら岡崎さん、私のせいで遅刻しちゃったって事?
でも、全然そんな素ぶりを見せずに笑ってくれた彼に私は惹かれているんだなと実感していた。
次の日から素敵な通勤時間が始まった。
何時もの時間の何時もの車両、でも何時もと違うこと、それは。
尊「おはよう、今日はギリギリじゃなかったね」
それどころか気合い入り過ぎて電車を二本待ったのは内緒。
加奈子「おはようございます」
おはよう。その挨拶は日課になった。
岡崎さんと私が話せる時間は八駅分、時間にしたら30分位。
朝の辛いだけだった30分はとても素敵な30分に変わった
彼はイロイロな話しを私にしてくれた。
趣味がランニングだと言うこと。
大の甘党であること。
クリスチャンで休みごとに教会に顔を出すこと。
私は彼の趣味にすこしでも近づきたくてランニングをして見ることにした。
ウエアから靴まで揃えてとりあえず家の周りを走ってみた。
5分で倒れそうになった。
次の日彼にそんな話しをしてみた。
尊「ハハハッ」
彼は気持ちよく笑い飛ばしてくれた。
尊「俺は仕事帰りに皇居の周りを走ってるんだ、今度一緒に走って見る?」
加奈子「え、でもご迷惑になるし」
尊「いいよ、最初はゆっくりでいいから走ってみよう」
次の日の夜、私はランニングセット一式を持って神保町駅に来た。
彼は既に待っていた。
加奈子「あれ?岡崎さん、手ぶらですか?」
尊「まあね、じゃあついて来て」
岡崎さんはそう言うと歩き出した。
私が岡崎さんに連れて来られた所は駅から近くのランショップだった。
尊「ここに一式預けてあるんだ」
店内に入ると、店員さんが親しげに話しかけて来た。
店員さんは私を見るなり彼女さんですか?と聞いてきた。
尊「へへへー」
私はドキッとした。
彼は私にコソッと。
尊「なんてね」
と、ささやいた。
尊「この人、初めてなんだー、ロッカールーム借りてもいい?」
店員さんは快く貸してくれた。
私はランニングウエアに着替えて彼と合流した。
尊「じゃあ行こうか」
加奈子「本当に私体力無いですよ」
尊「大丈夫大丈夫、行こう!」
私は岡崎さんに引っ張られ皇居の方に向かった。
私は5分で倒れそうになったていたらくを思い出し、岡崎さんの前で恥をかかないだろうかと戦々恐々としていた。
尊「さ、着いたよ」
そんな私の気持ちとは裏腹に皇居前の通りに着いてしまった。
そこには既に沢山のランナーが走っていた。
みんな結構なペース、私は一層不安になった。
尊「よし、行こう!」
そう言うと彼はゆっくり歩き出した。
加奈子「へ?走らないんですか?」
尊「今日はまずゆっくり歩いて周りの景色を楽しもうか」
彼は私の体力を考え、歩いてくれた。
おかげで私は惨めな姿をさらす事無く周りの景色を堪能する事が出来た。
皇居の周りは面白い程に景色が変わる。
大手町のビル群があったかと思えば大きな公園に入る。
尊「どう?俺の大好きな景色なんだ」
確かにこんな所を風を切って走れたら気持ちいいんだろうなと思う。
その為にはもっと体力をつけねば。
尊「今、走りたいと思ったでしょ」
彼はエスパーか?。
加奈子「はい、でも体力が・・・」
尊「大丈夫だよ、歩けるって事は走れるって事だから、徐々に走れるようにしていこう、一緒にがんばろう!」
加奈子「はい!」
と、勢いよく返事はしたもののやはり不安だった。
尊「あ、今不安だと思ってるでしょ?」
だから、彼はエスパーなのか?。
尊「時田さん、感情が顔に出やすいから直ぐに分かるんだよね」
し、知らなかった!
尊「最初は不安だろうけど、少しづつ頑張っていけば、必ず走れるようになるから」
次の日から私のランニングトレーニングが始まった。
尊「まずは1キロ走ってみよう」
軽やかにそう言う彼。
さっそくランが始まった。
き、きつい!
泣きそうな私。
でも頑張った。
こうやってトレーニングをしてる間、と言うか朝の通勤時間だけじゃなくて仕事終わりも岡崎さんに会えるから。
それから一ヶ月、私はまあまあ走れるようになった。
そして岡崎さんとの距離もだいぶ近くなったと実感していた。
そんなある日の事。
尊「今さー観たい映画があるんだけど一緒に行かない?」
と、誘われた。
それってはたから見たらデートだよね。
私はドキドキしながらOKした。
そして当日の朝、私は広げられたお洋服と格闘していた。
何を着てこう。
彼はどんな服装が好みなんだろう?
私は自問自答を繰り返し、やっと選んだお洋服はピンクのワンピースだった。
約束の時間に約束の場所に行くと彼は既に待っていた。
加奈子「遅れてすみません!」
尊「いや、俺の方が先に来過ぎただけだから、じゃあ行くべ」
岡崎さんが観たかった映画はラブコメディーだった。
正直内容はあんまり覚えてない。
映画よりも一つのポップコーンを二人で食べてて指がたまにあたる事にドキドキしっぱなしだったから。
尊「いやー面白かった」
加奈子「そ、そうですね」
私は咄嗟にそう答えてた、感想を聞かれたらどうしよう。
尊「映画ってさ、一人で観ても虚しいだけだからさ、時田さん今日は付き合ってくれてどうもありがとね」
加奈子「いえ、こちらこそ誘って貰ってありがとうござました」
尊「時田さんまだ時間ある?」
加奈子「はい、ありますけど」
こんな大切な日に他に予定いれるバカはいない。
尊「じゃあ夕飯一緒に食べようよ、付き合ってくれたお礼におごっちゃる」
加奈子「そんな悪いですよ!」
尊「いいって、ここは男に花を持たせてよ」
そう言うと彼は私を押して歩き出した。
彼が連れて来てくれた場所、そこは小さなイタリアンのお店だった。
彼は。
尊「時田さん遠慮しちゃいそうだから勝手に頼んじゃうね、すみませーん」
彼が頼んだもの。
モッツァレラチーズのピザ
生ハムのサラダ
イタリアンハンバーグ
赤ワイン。
尊「ここのピザが絶品でさ、いつか時田さんにも食べて欲しいなって思ってたんだ」
そう言うと彼はいつもの笑顔を私に見せた。
私は何より彼の気遣いが嬉しかった、それにいつか私に食べて欲しかったって事は岡崎さんの心の片隅に私がいたって事でしょ?。
私はまだワインも飲んでないのに一人で赤くなってた。
どんどん運ばれてくる料理、ハンバーグはさすがに多いので二人で半分こした。
私は顔の赤さをごまかすために赤ワインをぐびぐび飲んだ。
作法なんて後回し。
尊「飲むねー、もうちょい頼もうか」
白ワインが追加された。
まずいっ!大酒飲みだと思われるっ!
二本目の白ワインはゆっくり飲んだ。
ただ、お酒は着実に私の中に溜まっていった。
つまりは酔っ払ってしまった。
食事の帰り道。
尊「顔赤いよ、大丈夫?」
加奈子「だいじょーぶですよぉ!!」
尊「絶対大丈夫じゃないよね」
加奈子「そんなことないですよぉー!」
尊「家まで送るよ、そんな状態で帰せない」
加奈子「だいじょーぶですってー!」
と言う私を尻目に彼はタクシーを止めた。
尊「時田さん、住所は?」
私はもつれる舌で住所を言った。
タクシーは走り出した。
そして私の家の前に着いた。
尊「ほら、着いたよ」
加奈子「すみません」
私はフラフラとタクシーを降りた。
尊「ここからは一人で行ける?」
加奈子「はい、行けます」
尊「じゃあね、あ!」
彼はニコッと笑い。
尊「そのワンピース、似合ってるよ」
私の顔は更に赤くなった。
加奈子「岡崎さん!」
尊「ん?」
加奈子「好きです!ずっと前から」
尊「ありがとう、シラフの時にもう一度聞かせてね」
そう言うと彼は私に耳打ちして。
尊「待ってるから」
と、ささやいた。
私のドキドキはもう止まらなかった。
尊「ほら、早く家に入る!」
加奈子「いやです、見送りたいです!」
尊「仕方ないな〜、俺がいなくなったらちゃんと帰るんだよ」
そう言うと彼は駅の方に歩き出した。
私は彼が見えなくなってもそこに立ってた。
尊「-待ってるから-」
その言葉が頭の中をグルグル回っていた。
お酒の力って凄いなー、なんて考えると同時に明日どういう顔で岡崎さんに会えばいいのか、いろんな事が頭に浮かび結局その夜は眠れなかった。
次の日、彼はいつも通り。
尊「おはよー」
と声をかけて来た。
私もそれに応じる。
加奈子「おはようございます、昨日はすいませんでした」
尊「なにが?」
加奈子「私、酔っ払って取り乱して」
尊「ああ、そんな事?別に気にしなくていいよ」
ああ、なんて優しいんだろう。
それに引き換え。
加奈子「あの、私あんまり記憶がないんですが、何か失礼な事言いませんでしたか?」
なんて卑怯なんだろう。
尊「ん?別に失礼な事はなかったなぁ。嬉しい事はあったけど」
ドキッとした。
加奈子「嬉しい事って?」
尊「な・い・し・ょ」
彼はそう言うとニコッと笑った。
私もドキドキを隠すので精一杯でそれ以上は聞けなかった。ただ。
尊「-待ってるから-」
その言葉が頭の中でエンドレスリピートしていた。
私は告白のタイミングを考えて一つの答えに達した。
皇居一周を達成したら改めて思いを伝えよう。
そう考えると辛い練習も苦じゃ無くなった。
そして三ヶ月後、ついに私は皇居一周を走り切った。
5分で倒れそうになった女が皇居一周、約5kmを走り切ったのだ。
それも根気良く付き添ってくれた岡崎さんのおかげだった。
私は三ヶ月前に誓った事を実行に移すべく動き出した。
加奈子「岡崎さん明日一緒に食事しませんか?」
尊「ん?いいよ」
加奈子「じゃあスカイツリーでも見に行きましょうよ」
尊「でもそんな夜じゃスカイツリー入れないんじゃない?」
加奈子「いいんです、ライトアップが見たいんです」
尊「じゃあ、行こうか」
そして次の日、私は会社を休み朝から自分との戦いに挑んでいた。
相手は弱気な私。
でももう後にはひけない、と言うかひくつもりはない!
私は必死に弱気な自分を抑えクローゼットを開けた。
私の服はもう決まっていた。
尊「-そのワンピース、似合ってるよ-」
あの日着たピンクのワンピース。
私はこれを勝負服に決めた。
そして約束の時間。
まだスカイツリーは点灯されてなかった。
私は少し先に着いた。
すると彼が走って来た。
尊「ごめーん!待った!?」
加奈子「いえ、私も今来たところですから」
そうして私達はスカイツリーの近くの適当なお店に入って食事をした、もちろんアルコールはなしで。
お店で時間を潰し、食事を済ませ外に出るとすっかり暗くなっていた。
スカイツリーを見ると綺麗に青く光っていた。
尊「せっかくだから近くまで行ってみようよ」
加奈子「そうですね」
そうして私達はスカイツリーの足元まで来た。
尊「大きいな〜」
彼は目をキラキラさせ上を見ていた。
私はグッジョブと昨日の私を褒めた。
さあ、勝負の時間だ。
加奈子「岡崎さん」
尊「ん?」
加奈子「お話があります」
尊「どうしたね?かしこまって」
加奈子「私、今日はお酒入ってませんよね?」
尊「そうだね」
加奈子「皇居ラン、やっと一周出来ました。これも岡崎さんのおかげです」
尊「それは時田さんの努力の賜物だよ」
私は意を決した。
加奈子「岡崎さんと走れて、岡崎さんと通勤出来て毎日がとても幸せでした」
尊「うん、俺も楽しかったよ」
加奈子「これからもずっと一緒にいたいです、私と・・・私と付き合って下さい!」
尊「俺なんかでいいの?」
加奈子「私はずっと貴方が好きでした、岡崎さんがいいんです!!」
彼は少しの間沈黙した。
加奈子「ダメ・・・ですか?」
尊「ん、いや。今ね幸せを噛み締めてた」
と言う事は?。
尊「俺も時田さんの事、好きでした。こんな俺で良かったら宜しくお願いします」
彼は耳を赤くして笑った。
それとは対照的に。
私は嬉しくて泣いた。
尊「ちょ、ちょっと、こんな所で泣かないで」
加奈子「だって、だって嬉しいから」
その日から私は加奈子。
彼は尊さんに変わった。
とは言っても生活がガラリと変わるわけでも無くて、朝は相変わらず八駅分の会話しか出来ないし仕事終わりは皇居をぐるっと。
あ、でも日曜は尊さんに付き合って教会に行くようになったし。
お互いの部屋に出入り自由になった。
加奈子「そういえばあの痴漢を捕まえてくれたあの日、あの後どうしたの?」
尊「あの後?確か駅員に引き渡して急いで次の列車に乗ったなぁ」
加奈子「じゃあ遅刻は?」
尊「ギリギリセーフ」
加奈子「よかった、私のせいで遅刻してたらどうしようかと思った」
尊「なんだ、そんな事を考えてたの」
加奈子「そうだよ、帰りだって次に会ったらお礼しなきゃって考えてたんだから!あ、知ってた?あの日の夜ね、月が紅くてとても綺麗だったんだよ」
わたしがそう言うと彼の表情が曇った。
加奈子「どうしたの?」
尊「知らない?紅い月、つまりストロベリームーンの日に出逢ったカップルは悲恋に終わるんだって」
加奈子「や、やだー縁起でもない!そんなのただの都市伝説でしょ?それにあの日は出逢った内に入らないでしょ」
私は必死に否定した。
それから5年たった。
夢のような5年だった。
尊と私は着実に二人の生活を作っていった。
そしてある日。
彼は私に小さな箱を手渡した。
箱を開けると指輪が入っていた。
尊「俺と結婚して下さい」
私は泣いた、あのスカイツリーの日のように。
加奈子「よろしく・・・お願いします」
そう言うのが精一杯だった。
次の日私は判子を押した。
それは婚姻届だった。
私は世界一の幸せものだと思った。
あの日の痴漢にすら感謝した。
その日、私は岡崎 加奈子になった。
それからは忙しかった。
結婚式の準備や新しい部屋探し。
そして何とか新居を見つけ、新しい生活が始まった。
加奈子「これで後は結婚式だけね」
尊「そうだね、照れるけどね」
加奈子「ちょっとーしっかりしてよねー女にとっては一生に一度の大舞台なんだから」
尊「わかってます、加奈子に恥をかかせる事は致しません」
そう尊は笑った。
そして結婚式当日。
加奈子「じゃあ先に行ってるね」
私は準備があるので先に家を出た。
尊「うん、後で行くよ」
そうして結婚式場に着き、私は新婦のメイクルームに連れられた。
純白のウエディングドレスに身を包みメイクをされる私。
まるでお姫様になった気分。
父上、母上にもお決まりの挨拶を交わし、涙ぐむお父さんをなだめる。
その時、私に連絡が入る。
新郎がまだ来ていないと言う報告だった。
え?まだ来てない?もう式まで時間ないのに?
私は彼の携帯に電話を入れた。
呼び出しはするが出ず。
加奈子「あいつはぁ!なにしてんじゃ!」
その時私の携帯に着信が入った。
加奈子「ちょっと何してんの!今どこ?」
電話の相手は警察だった。
その後の事はあまり覚えてない。
警察の方に連れられて病院の地下にある霊安室に連れて行かれた事。
尊がそこのベットに眠っていた事。
コンビニ強盗を捕まえようとして包丁で刺されたと警察の方に説明された事。
刺された後も警察が来るまで犯人を離さなかった事。
立派な御最後でしたと警察の方に頭を下げられた事。
私は突然の事過ぎて涙を忘れてしまっていた。
尊のご両親は尊にしがみつき号泣されていた。
わたしが霊安室から出ると私の両親が立っていて私を抱きしめた。
そこで初めて私は泣いた。
尊は約束どおり私が恥ずかしがる事はしなかった。
尊はそういう人間だった。
あの痴漢を捕まえてくれたように。
それでこそ私の好きになった尊だった。
私はもう一度霊安室に入り尊の頭を撫でて。
加奈子「尊・・・がんばったね、偉かったね」
冷たくなった彼に最後のキスをした。
白いウエディングドレスを着た次の日、私は黒い喪服を来ていた。
尊の人柄を見るように沢山の人が最後のお別れにやって来た。
私はその一人一人に頭を下げた。
彼の御両親は私に謝ってきた。
「そんな、謝らないで下さい。彼と、尊さんと一緒になれて私は幸せでしたから」
ご両親は尊の事は忘れて幸せになってください、と言ってくれた。
「・・・私は尊の妻です。それはこれからも変わりません。私はこの先も岡崎加奈子です!岡崎加奈子でいさせて下さい!」
私はそう尊の御両親に懇願した。
尊、こうなる事が運命だったの?
私達が出逢った日、それはそれは綺麗な紅いストロベリームーンだったから。
それから数日後、私は一人で皇居の前に立っていた。
尊の愛した景色をもう一度目に焼き付ける為に。
尊、尊のおかげで皇居を一周出来るようになったんだよ、これから走るから私のそばで尊の好きな景色をしっかり見ていてね。
私は尊にそう言うと最初の一歩を踏み出した。
完