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王子のあいだの物語 作、長月 桜花

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僕はしがない会社員だ、バスに揺られて会社に行ってまたバスに揺られて家に帰って眠る、そんな毎日の繰り返しだ。

今日もバスに乗って会社に向かう、ただその日は一つ気になる事があった。

まぁたわいもない事だバス停の道路を挟んだ向こう側に一人に少年が座ってた。

毎日そのバス停は利用しているが、その子を見たのは初めてだった。

旅行か何かで来てるのかな?その程度に思っていたが、不思議な事に僕が仕事を終えて帰る途中、朝のバス停で降りると、朝とは逆の側の道にあの少年がまた座っていた。

それは次の日も、その次の日も同じだった。少年はいつも楽しそうにこちらを見ていた。

そんなある日、僕は寝坊をしてしまった。急いでバス停に走ったがバスは行ってしまった後だった。

「まいったな、これで遅刻だ」

僕が深くため息をついて、その場に立ち尽くしていると。

「ねえ、何をしているの?」

あの少年が話しかけて来た。

「見れば分かるだろう?バスに乗り遅れたんだよ」

「バスに乗り遅れると何か困る事があるの?」

少年は興味深そうに僕に聞いてきた。

「バスに乗り遅れると会社に遅刻だ、困るだろ?」

「遅刻すると何か困る事があるの?」

「当たり前じゃないか、怒られちゃうよ」

「そっかぁ、君は怒られない為に生きてるんだね」

「誰だって怒られたくなんてないだろ?」

「だから君は毎日この景色には目もくれなかったんだね」

僕は少年の言ってる事がよく分からなかった。

「景色?」

「うん、僕は毎日君の事を見てたよ、だから分かるんだ君がこの街の景色を楽しんでないんだって」

「景色なんて、こんな景色どこにでもある景色じゃないか」

「どこにでもある景色なんて一つもないよ?建物全部に人が生活しててそれぞれが小さな星なんだよ」

「星?」

「うん、僕の星も小さかったけど、そう考えたらこの街の星はもっと小さいね」

少年はそう言うとケラケラと笑った。

僕はこの少年に興味を持ち始めた。

「君は旅行者?」

「うーん、そうだね旅行者みたいなもんだね」

「なんで毎日、道路の向かいから僕の事を見ていたんだい?」

「君と友達になりたかったからだよ」

「僕と?なんで?」

「友達になりたい事に理由なんて必要?」

「僕はつまらない人間だ、友達になっても楽しくなんてないよ?」

「そんな事ないよ、つまらない人間なんて一人もいない、建物と同じだよ」

僕はすっかり少年のペースに乗せられてしまっていた。

どうせ次のバスまで時間がある、僕はこの少年に付き合って見る事にした。

「立ち話もどうだから朝ごはんでも食べないかい?奢るよ」

「本当?やったー」

そうして僕たちは小さなサンドウィッチ屋に入った。

「僕はフィッシュサンドとコーヒーで、君はどうする?」

「僕もそれでいい」

「じゃあそれを二つ」

僕たちは道路が見える窓側の席に座った。

「僕の星にはね海がないんだ、だから魚はあんまり食べたことがないんだ」

「星?さっきも言ってたけど一体なんの話しだい?」

「僕は小さい星からやってきたんだ」

一体なんの話しをしてるのか、小さい星から来た?馬鹿げてる、僕はそう思っていた。

「信じられないよね。この星の人はみんなこの話しをしても信じてくれないんだ」

「いきなり違う星から来たって言われても信じる事は出来ないな」

「でも、君は僕の話しに少しウキウキしてるんじゃないかい?」

僕はそう言われてドキッとした、確かに僕はこの少年の話しに少し惹かれていた。

「ところで君はなんで毎日僕の事を見ていたんだい?」

「前にね別の友達に教えてもらったんだ、友達になる方法だよ」

「友達になる方法?」

「最初は離れた所から辛抱強く待つんだ、言葉は勘違いのもとだから」

「だから道路の向こう側で僕のことをずっと見てたんだね」

「うん、それで君が僕の事を意識するまで待ってたんだ」

「確かに意識はしちゃったな」

「だからそれが分かったから話しかけたんだ」

この子には何もかも見透かされている、そんな気分になった。

「君は毎日バスに乗って何処かに行ってバスに乗って帰ってくる」

「そうだね」

「いつも疲れた顔してたね、そんな毎日で楽しいの?」

「楽しくはないかな、でも働くってそういうものだから」

「ふうん、楽しくない事に時間を使ってるんだ」

「生きていく為には仕方ないよ」

「そっか、生きてく為に生きてるんだね」

少年のストレートな言葉に耳が痛かった、僕だって今の仕事に満足してる訳じゃない。

僕の実家は眼鏡屋だ、子供の頃は僕も眼鏡屋になりたかった。でも修行が厳しくて僕はその夢を諦めてしまった、そして何も考えずについた仕事が今の仕事だ。

「仕方ないさ」

僕は自分を納得させるようにそう呟いた。

「本当に仕方ないの?」

少年は更に疑問を返してきた。

「夢じゃ食べて行けないからね」

「でも夢があるって素晴らしい事だよ、君の心にある小さな星がキラキラ輝こうとしてるのが僕には見えるよ」

「輝こうとしてる・・・か」

「うん、でもその星を無理やり押さえつけてるのが分かる」

「僕に見えない星が君には見えるんだね」

「僕と君はもう友達だよね?」

「そうだね」

「じゃあ、その証に僕の大事な秘密を教えてあげる。友達に教えて貰った事だけど」

「なんだい?」

「大切な事は目には見えない、物事は心で見なくちゃいけないんだ」

「心で見る・・・か」

「君は本当にやりたい事から目をそらして、心の輝きを押さえつけてる」

「痛いところをつくね」

「人間て、こんな大切な事を忘れちゃうからけして忘れちゃいけないんだって」

「僕の星はまだ輝けるのかな」

「輝きたがってるのは自分が一番良くわかってるんじゃない?」

「そうだね」

「じゃあきっと大丈夫だよ、夜空の星々が輝いてるのと同じように君の星もキラキラと輝けるよ」

「そっか、うん」

僕は自分の中の気持ちが込み上がってくるのを感じていた、僕はもう一度夢を追えるかもしれない、いやもっと強い決意が出来ていた。

話しているうちに次のバスも来ていたが、僕はそれに乗るつもりは無かった。

「ねえ、僕の故郷に来ないかい?まあ田舎でヒツジくらいしかいないけど」

「ヒツジかぁ、いいね。でも僕には行かなきゃ行けない所があるんだ」

「そっか、何処に行くんだい?」

「砂漠に行くんだ」

「砂漠?何の為に?」

「帰るためだよ」

「帰る・・・星に?」

「うん、もうすぐ僕がこの星に来て一年だからね、急がないと」

僕はいつの間にか少年が星から来た事すら信じていた。

「そっか、じゃあ仕方ないね」

「君と友達になれて嬉しかったよ」

「僕の方こそ君と話せてよかった」

「僕は星に帰っても夜空に君の心の輝きを見ているよ」

「僕も夜空の星に君の星を探すよ」

「じゃあ、僕行くね」

そう言うと少年は立ち上がった。

「君が無事に帰れる事を祈ってるよ」

「ありがとう、じゃあね」

少年が出て行ったあと、僕は・・・一人、残ったコーヒーを飲み干しネクタイを外した。

これからまた厳しい修行が待ってるだろう、でも今度は僕は逃げない。

僕の心の中に輝く星が僕の心では見えているから。

 

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