声劇劇団 さくら座
巣立ち 作、長月 桜花
幸田隆 内気な新入社員
白鳥雪葉 隆の課の厳しい課長
隆
その日僕は恋をした。
それは突然やって来た恋だった。
話しは数月前に遡る。
僕は入社式に遅刻しそうになり走っていた。
そう、僕はこの春に大学を卒業したばかりの新入社員だ。
前日の夜に緊張してなかなか寝付けず、寝坊をしてしまったのだ。
会社まで目の前にしながら無情にも信号は赤になってしまった。
僕はいけないとは思いながらも赤の横断歩道を突っ切った。
しかしその時。
雪葉「あぶないっ!!」
隆「えっ?」
隆
僕は腕を掴まれ、横断を遮られた。
そして、次の瞬間。小道から右折してきたトラックが勢いよく目の前を走り去って行った。
雪葉「ここは隣の抜け道からの車がよく飛び出してくるんです、赤信号での横断は危険ですよ」
隆「そうだったんですか、すみません」
雪葉「いえ、お気をつけて下さいね」
隆「はい、ありがとうございます」
雪葉「あっ、青になりましたよ」
隆「あっ、本当た!ごめんなさい!僕、急がなくちゃいけないので失礼します!」
雪葉「はい、間に合うといいですね」
隆「ありがとうございます!」
隆
そう言って僕は再び走りだした。
でも、何かが引っかかっていた。
ただその時は入社式の事で頭がいっぱいでそれどころでは無かった。
5秒沈黙
隆
社長が話している。
僕はなんとか入社式に間に合った。
やっと一息ついていた時に何が引っかかっていたのかが分かった。
雪葉「はい、間に合うといいですね」
あの人の言葉だった、なんであの人は僕が間に合わないかもしれないって知っていたんだろう。
それにしても、あの時は急いでてそれどころじゃなかったけど、綺麗な人だったな。
僕は名前も知らない彼女の笑顔を思い出していた。
そうこうしている間に社長の話しが終わり、それぞれの配属先の上司が紹介された、その時の衝撃を僕は忘れない。
雪葉「営業三課課長の白鳥です、よろしくお願いします」
隆
僕が所属する営業三課、そこの課長として朝の彼女が現れたのだった。
そして僕が呆然としてる中、入社式は終わった。
その後それぞれの職場に移動した。
雪葉「改めまして、課長の白鳥です、よろしく」
隆「あの・・・」
雪葉「貴方は・・・幸田君?何か質問でも?」
隆「いえ・・・その・・・なんでもないです」
雪葉「言いたいことがあるならハッキリいいなさい」
隆「いえ・・・すみませんでした」
雪葉「いいですか皆さん、営業は攻めの姿勢が大切です、内気は敵!覚えておくように」
隆
白鳥課長は朝の優しい感じからは想像出来ない程に厳しそうな上司だった。
そして課長に指摘されたとおり、僕は内気な性格だ。営業課に配属されると分かった時から正直不安だった。
その不安は的中する事となる。
雪葉「幸田君」
隆「はい」
雪葉「貴方、覇気がなさすぎよ、もっとキビキビしなさい」
隆「すいません」
雪葉「こんな事じゃ営業じゃやっていけないわよ」
隆「・・・はい」
雪葉「とにかく今は先輩についてしっかり仕事を覚えなさい」
隆「がんばります」
雪葉「言葉だけじゃダメなんだからね、しっかり仕事で結果を残すこと!」
隆
僕はこうして仕事に忙殺されていった。
でもその仕事も空回りして上手くいかずに次第に自信を失っていった。
そんなある日。
雪葉「幸田君、今日は私についてきなさい」
隆「僕がですか?」
雪葉「あなた以外にこの課に幸田君ていたかしら?」
隆「いえ」
雪葉「じゃあ早く準備する」
隆「はい」
雪葉「返事はもっと元気よく!」
隆「はい!」
5秒沈黙
隆
そうして課長と二人、取引先に行く車内の中で。
雪葉「幸田君はやる気はあるの?」
隆「あるつもりではいるんですけど」
雪葉「つもりじゃ困るのよ」
隆「すいません」
雪葉「ふぅ・・・幸田君、今晩時間ある?」
隆「え?・・・はい、ありますけど」
雪葉「食事に付き合いなさい」
隆「はぁ」
雪葉「返事はしっかりしなさい!」
隆「はい」
5秒沈黙
隆「課長は残りの仕事を終わらせてから来るって言ってたけど・・・また説教されるんだろうな」
雪葉「お待たせしました」
隆「へ?課長?」
雪葉「どうしましたか?幸田さん」
隆「幸田・・・さん?」
雪葉「そうですよね、驚かれますよね」
隆「あ、あの、どうされたんですか?」
雪葉「これが本当の私なんです」
隆「すいません、意味がよく」
雪葉「幸田さんは私の苗字に違和感を抱きませんでしたか?」
隆「白鳥さん・・・ですよね?確かにうちの会社の白鳥コーポレーションと同じだなぁとは思っていましたが」
雪葉「白鳥コーポレーションの社長は私のお父様なんです」
隆「え、ええっ!?」
雪葉「驚かれるのも無理ないです、一般的に社内では秘密にされていますから」
隆「そうだったんですか」
雪葉「父のコネで今の仕事、役職につきましたが私には本来向いていないんです」
隆「そんな事ないですよ、課長はバリバリ仕事をこなされてるじゃないですか」
雪葉「それは何とか父の期待に答えなければいけないとと作り上げた演じている私なんです、本当の私は温室育ちで気の弱い内気な性格なんです」
隆「お、驚きました」
雪葉「仕事場ではいつも厳しく接してしまいすみません、自分でも分かってはいるのですが」
隆「いえ、実際に期待に答えられていませんから」
雪葉「でも、私は幸田さんが一生懸命されているのを見ています」
隆「結局は空回りばかりで、僕には営業は向いてないみたいです」
雪葉「そんな事ありませんわ、幸田さんの努力はきっと報われます」
隆「だといいんですけどね」
雪葉「実は貴方を営業三課に配属させるように頼んだのは私なんです」
隆「え?なんでですか?」
雪葉「貴方の入社試験時の面接を裏から聞かせて貰って、この方は私に似ている・・・と思ったからです」
隆「僕と課長がですか?似ても似つかないと思いますが」
雪葉「いえ、私と貴方は似ています・・・正確には白鳥課長では無く白鳥雪葉に、ですね」
隆「はあ」
雪葉「きっと何らかのキッカケがあれば貴方は花ひらく、白鳥課長のように」
隆「僕なんかが課長みたいにはなれないですよ」
雪葉「大丈夫、私は信じていますから」
隆「あ、ありがとうございます。でも、なんで課長のプライベートの顔を僕に見せてくれたんですか?」
雪葉「それは、貴方を辞めさせたくなかったからです」
隆「なぜ僕が辞めると?」
雪葉「私はこんな生まれなので人の顔色ばかり伺って育ちました、そのせいか人の顔を見たら何を考えてるのか分かるようになってしまいました」
隆「それで僕の心が折れかかってるのが分かったんですね、課長には敵わないな」
雪葉「変な言い方かも知れませんが、そんな私が貴方を選んだんです、自信を持っていただけないでしょうか」
隆「・・・わかりました、結果を出せるようにがんばります」
雪葉「そのいきです、あと・・・この事は」
隆「もちろん内緒にします!」
雪葉「ありがとうございます・・・ふにゃあ」
隆「どうしました?」
雪葉「会社の方に本当の自分をお見せするのは初めてなので緊張しました」
隆「課長、僕絶対に期待に応えますから」
雪葉「はい!」
隆
その時の課長の笑顔はとても可愛く、僕は課長に恋をしてしまったんだ。
5秒沈黙
雪葉「幸田君!」
隆「はい!」
雪葉「なに?この企画書は!こんなの使える訳ないでしょ!」
隆「すいません!すぐに新しく作り直します!」
雪葉「時間がないわ、早く作り直しなさい」
隆「はい!」
雪葉「返事だけ良くてもダメなんだからね!」
隆「わかりました!」
隆
こうして僕は課長の本音の応援に答えるべく仕事を頑張った、そして一年がたった。
雪葉「幸田君、取引先に行くからついてきなさい」
隆「お供します!」
5秒沈黙
雪葉「この仕事、幸田君に引き継ぐから」
隆「えっ?でもこの仕事は課長が進めてきたプロジェクトじゃないですか」
雪葉「今の貴方なら任せられると判断したの、何か文句でも?」
隆「いえ、ありがとうございます」
雪葉「幸田君、私・・・退社するの」
隆「・・・え?」
雪葉「父の指示でね、結婚するのよ」
隆「そんな、いきなり」
雪葉「いつかこうなるのは分かっていたわ」
隆「課長は・・・それでいいんですか?」
雪葉「私は白鳥の人間よ、仕方の無い事」
隆「課長・・・今晩て空いてらっしゃいますか?」
雪葉「今晩?空いてるけど?」
隆「久しぶりにお食事でも行きませんか?」
雪葉「別にいいけど」
隆「ありがとうございます」
5秒沈黙
雪葉「幸田さん、お待たせしました」
隆「いえ、僕も今来た所ですから」
雪葉「でも、こうやって幸田さんとお食事するのも本当に久しぶりですね」
隆「そうですね」
雪葉「どうされたんですか?」
隆「どうかしたように見えますか?」
雪葉「はい、元気が無いように見えます」
隆「そんな顔してますか?」
雪葉「はい」
隆「課長、僕はこの一年課長の期待に応えられたでしょうか」
雪葉「はい!幸田さんはとても立派になりました、もう私なんて必要がないほどに」
隆「そんな事」
雪葉「え?」
隆「そんな事ないです!僕は・・・僕は課長がいなきゃ何も出来ないあの頃のままの僕です」
雪葉「幸田さん・・・貴方はこれからの白鳥コーポレーションを引っ張っていってくれると信じています」
隆「だから・・・結婚されるんですか?」
雪葉「それは」
隆「本当に結婚したいんですか?」
雪葉「私は白鳥の・・・」
隆「雪葉さん!」
雪葉「はい」
隆「僕は白鳥課長に聞いてるんじゃなくて白鳥雪葉さんに聞いてるんです」
雪葉「・・・雪葉に」
隆「雪葉さんはそれでいいんですか?」
雪葉「・・・いやです・・・お父様の都合で勝手に決められたお相手と結婚するのはいやです」
隆「それなら社長に・・・お父様にそう言えばいいじゃないですか」
雪葉「私は今まで白鳥の家に生まれて、とても良くして頂きました・・・それを・・・恩を仇で返すような事を出来るわけありません」
隆「貴方の人生はどうなるんですか」
雪葉「私の人生」
隆「貴方の人生は社長のものでも白鳥のものでも無いですよ!」
雪葉「でも、私がわがままを言えば沢山の方にご迷惑が」
隆「だからなんです、貴方は課長として沢山会社に貢献してきたじゃないですか」
雪葉「幸田さん」
隆「僕は白鳥雪葉さんでは無く、雪葉さん個人として幸せな人生を送って欲しいです」
雪葉「なんで・・・そこまで私の事を考えてくれるのですか?」
隆「それは・・・貴方の事が好きだからです!」
雪葉「え」
隆「僕はこの一年、ずっと貴方の事が好きでした」
雪葉「それは・・・私が白鳥の家の人間だからですか?」
隆「そんなの関係ない!」
雪葉「ごめんなさい・・・今まで私に近づいて来る人の大抵は白鳥の家が目的で」
隆「僕は白鳥雪葉さんじゃなくて、雪葉さん・・・貴方を好きになったんです」
雪葉「でも、私には婚約者が」
隆「そんなの僕は知らない!貴方の意思で決まった訳じゃない婚約なんて僕は認めない!」
雪葉「・・・幸田さん」
隆「何時まで籠の中の鳥でいるんです・・・貴方は白鳥(しらとり)でも自分の意思で飛び立てる白鳥(はくちょう)なんですよ」
雪葉「ダメですよ・・・貴方がもし私を自由にしてしまったら・・・貴方は白鳥に居場所が無くなってしまいます」
隆「構いません」
雪葉「それどころか父を怒らせたら何処にも居場所が無くなってしまうかも」
隆「構いません」
雪葉「ダメです」
隆「貴方が居なくなった白鳥コーポに興味はありません」
雪葉「幸田さん・・・貴方の人生を狂わせる訳には」
隆「貴方の本音を聞くためにここにいます」
雪葉「私の本音」
隆「僕は貴方に気持ちを伝えました、貴方のお返事を聞かせて貰えますか?」
雪葉「私は・・・私も・・・貴方を」
隆「貴方を?」
雪葉「お慕いもうして・・・います」
隆「僕の所に来ていただけますか?」
雪葉「それは」
隆「来ていただけますか?」
雪葉「・・・はい」
隆「ありがとう、雪葉さん」
雪葉「よろしく・・・お願いいたします、隆さん」
隆「こちらこそ・・・ふうっ」
雪葉「どうされましたか!?」
隆「僕も雪葉さんに見習って強い自分を演じてみました」
雪葉「そこまで真似なさらないでも」
隆「いえ、白鳥課長が教えてくれた事です・・・攻めの姿勢が大切、内気は敵・・・と」
雪葉「そう言えば言いましたね」
隆「白鳥課長が雪葉さんに伝えたかったんでしょうね」
雪葉「そうなのかも・・・しれませんね」
隆「僕は一年、白鳥課長に鍛えて貰って、少しは近づけたでしょうか」
雪葉「・・・幸田君!」
隆「白鳥課長?・・・はい!」
雪葉「貴方は立派になったわ!自信を持ちなさい!」
隆「ありがとうございます!」
雪葉「どうか、雪葉をお願いね」
隆「はい!あの・・・課長はどうなさるんですか?」
雪葉「私?私はもう必要ないもの」
隆「そんな、寂しいです・・・たまには顔を出して下さい」
雪葉「ふふっ、そうね。雪葉と相談してそうさせてもらおっかな」
隆「白鳥課長・・・ありがとうございました!」
雪葉「大変なのはこれからだからね、父に話す時は覚悟なさい」
隆「脅かさないでくださいよ」
雪葉「大丈夫・・・貴方は私が育てた私の自慢の部下だもの・・・心配いらないわ」
隆「・・・はい!」
雪葉「じゃあ、また明日会社でね」
隆「お疲れ様でした!」
雪葉「・・・ふにゃあ」
隆「雪葉さん、おかえり」
雪葉「あれ?私は今何をしていたのでしょう?」
隆「うーん、引き継ぎ・・・ですかね」
雪葉「引き継ぎ・・・ですか?」
隆「なんでもありません」
雪葉「気になりますわ」
隆「内緒でーす」
雪葉「もう、隆さんの意地悪!」
隆
この先、僕たちには様々な困難や障害が待ってるんだろう、でもきっと僕は乗り越えてみせる、雪葉さんの為に、そして課長の為に。
僕はそう決めて目の前の笑顔に笑顔を返した。
完