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​約束 作、長月 桜花

 

私は極々平凡な主婦だ、結婚して二年目の旦那様とポメラニアンの三人暮らし。

最愛の旦那様は出張も多くて中々夫婦水入らずなラブラブな時間は過ごせないけど、それでも私なりの平凡な毎日に十分な幸せを感じていた。

「ごめんな、結婚記念日に一緒にいれなくて」

電話の向こうで夫が謝ってきた。

「しょうがないわよー、お仕事なんだもん」

そうは言ったけど、本当は寂しい気持ちもちょっとあった。

「明日のお昼の便で帰るから、夜は外で何か食べようか、今日の埋め合わせ・・・にはならないかもしれないけど」

「ううん、楽しみにしてるね」

「それじゃ、美紀・・・愛してるよ」

「私も、光男愛してる」

それが私たちの電話を切る時の決まった挨拶。

愛してる、なんて本当は言葉に出さなくても十分伝わってるけど私たち夫婦の絆を増やしてくれる大切な言葉。

「ララー、明日パパが帰ってくるよー」

私はそう言って愛犬のポメラニアンを抱き上げた。

「ワン!!」

ララは私の言葉が分かるのか嬉しそうにそう答えた。

明日は何を食べに行こうかなぁ、そう思いながら記念日の為に用意したプレゼントを手にとって思わずニヤケた。

「光男喜んでくれるかなぁー?」

なんだかんだ言っても私は幸せ者だなぁってそう実感して私は眠りについた。

 

そして次の日、私は家事を一通り終えて何を着ていこうかなぁと考えていた。

その時、電話が鳴った。

「もしもし?あ、お母さん?どうしたの?」

「光男さんが出張してるのって北海道だったわよね?」

「そうだけど、どうしたん?」

「テレビ見てないの?」

「テレビ?見てないけど?」

「美紀、落ち着いて聞きなさい。北海道から東京に向かってた飛行機が行方不明になったらしいのよ」

「行方・・・不明?」

「でも、それに光男さんが乗ってるかどうかは分からないし・・・美紀?美紀?」

私は電話を一方的に切り、急いでテレビをつけた。

どのチャンネルもそのニュースでもちきりだった。

北海道発の東京便がレーダーから消えて、今も見つかってない。

私は震える手で光男が乗ってるはずの便のメモを手にとった、祈る気持ちで確認した。

テレビから流れる行方不明の便の情報と私のメモの便は同じものだった。

もう私の頭は混乱していた、私は光男に電話をかける。

きっと光男は乗ってない、大丈夫、絶対大丈夫。

「おかけになった電話は電波の届かない場所におられるか、電源が入っていない為かかりません」

「光男のやつ、電源なんて切って」

私はもう一度かけ直す。

「おかけになった電話は・・・」

もう一度!

「おかけに・・・」

嘘だ、こんなの嘘だ。

テレビからは引き続き行方不明になってる飛行機のニュースが流れていたが、もはや私の耳にはその情報は届いていなかった。

「クーン?」

ララが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「ララ・・・大丈夫・・・大丈夫だからね」

私はそう言ってララを抱きしめた。

その後、お母さんに電話をかけなおした。

「お母さん」

「美紀?どうだったの?」

「光男の乗ってる便だった」

「そんな」

「お母さん、どうしよう」

「とりあえず落ち着いて、お母さんそっちに行くから」

「光男がいなくなっちゃう」

「まだどういう状況か分からないんだから、そんな事言っちゃだめ!」

「うん」

「とにかく準備して向かうから、明日の朝にはつくから、落ち着いて待ってなさいね」

「うん」

電話を切って、私はボーッとテレビを眺めていた。

本当なら空港に光男を迎えに行く時間、でも空港に行っても光男はいない。

部屋はいつの間にか暗くなって、テレビの光だけが私を照らしていた。

「ララにご飯あげなくちゃ」

ララがいてくれて本当に良かった、それだけが今の私の心の支えだった。

その日私は眠る事が出来なかった、当たり前だ。

そして次の日の早朝、事態は進展した。

 

「行方不明になっていた札幌発東京便が発見されました」

アナウンサーが深刻な顔でそう話していた。

そして画面が切り替わる、ヘリコプターからの中継。

そこには山の斜面に燃えてバラバラになった飛行機の残骸が映っていた。

「光男・・・そこにいるの?」

その後、飛行機会社の人から連絡が来た、墜落した飛行機の搭乗名簿の中に光男の名前が確認されたとの事だった。

お母さんが家に来た、お母さんも既に状況は知っていた。

「お母さん、光男がね」

「うん」

お母さんは私を強く抱きしめてくれた。

それでも私はどこかこの状況を受け入れられないでいた。

頭がついていかず、どこか他人事のような感じだった。

 

テレビからは乗員乗客絶望との情報が流れてきた、お母さんはそっとテレビを消した。

私は料理の支度をしようとした。

「美紀?何をしてるの?」

「晩ご飯の準備、光男がそろそろ帰ってくるから」

「美紀・・・光男さんは帰ってこないのよ」

「でも、帰るって約束したもん」

またお母さんは私を抱きしめた。

「約束したもん」

私は呪文のようにそう呟いていた。

 

その後、再び飛行機会社の人からの連絡で光男の遺体の確認に来て欲しいと言われた。

お母さんは一緒に行くと言ってくれたが、ララの事もあるので私一人で行く事にした。

私が着いたのは現場近くの体育館、そこは地獄だった。

一人一人にシートは被せられてはいるが、そのシートの中は想像を絶する姿だろう。

そしてその中で必死に身内を探す、被害者の関係者の人たち。

でも、正直見つけ出すのは容易ではないのは簡単に想像出来た。

なんでこんなに冷静に状況を見渡せるのか、それはこの期に及んでも私にはまるでドラマか映画を見てるような、どこか他人事のように感じれてしまっていたからだった。

私は一人一人、見て回り光男を探す。

と、言っても顔も判別出来ない遺体がほとんどで見るのも辛かった。

それでも私は光男を探した。

「光男・・・どこにいるの?」

並んでる遺体の中、私は遂に光男を見つけた。

顔は同じく判別出来なかった、出来なかったけど、その遺体が薬指につけていた指輪、それは私とお揃いの結婚指輪、間違いなく光男だった。

その時、私の中で何かが弾けた。

「光男?・・・光男・・・いやああああああああああああああああああ!」

係りの人が私の所に駆け寄る。

「光男を返して、返してよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

私はその場から連れ出された。

「嫌だよ光男!結婚記念日は?外食は?みつおおおおおおおおおおおおおお!」

私は外で一人泣き崩れた。

帰ってくるって言ったじゃない、一緒にご飯食べるって約束したじゃない。

なんで・・・なんでこんな所で・・・私を置いていくのよ、光男。

その瞬間、私の脳裏に光男の言葉が蘇った。

「美紀・・・愛してるよ」

うん、そうだね・・・私も愛してる・・・帰ろう?光男、怖かったね、辛かったね。

 

東京に帰った私は光男の妻として全ての事を終わらせた、光男の妻として・・・光男が恥ずかしい思いをしないように。

それから2ヶ月・・・光男のいない生活にも慣れた。

そして、私のお腹には新しい命が宿ってる事が分かった。

光男が約束通り帰って来てくれたんだと思った。

 

「光男、早く会いたいね・・・そしたらまたララと三人で暮らそうね・・・光男、愛してるよ」

 

 

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