声劇劇団 さくら座
落語、元犬 脚色、らふぁえる
〇〇亭〇〇はなるべく変な名前を入れること
しばらく皆様のお耳を拝借いたします、〇〇亭〇〇と申します
変わった名前だと思われてるでしょうが、これが実は由緒ある名前でして
江戸時代中期に初代〇〇亭〇〇が活躍しておりまして
それから、まあなんやかんやありましてしばらく途絶えてしまっていたのですが
この度、私が〇〇亭〇〇の名跡を襲名させていただきまして
今ここに至ると言う訳ですという事になんとかしておいてやってください
まあ、こんな変な奴も人間界にはおりますけれども、変わった奴ってのは何処にでも
いるようでして、動物界なんかでも変わった奴ってのは存在するようです
そうは言っても動物界もひろうございまして、たとえば人間に身近な動物と言えば
犬になると思うんですが、中でも変わってると言えば日本には白い犬ってのが
そうそういないようで、お?白い犬がいるぞ、と思えば腹の隅に差し毛があったり
しっぽの先に差し毛があったりと中々真っ白な犬と言うのは珍しいもので
この真っ白な犬は人間に近いと言われていたようです
浅草蔵前の境内に真っ白な犬が一匹住み着いていまして
名前をシロと言いました
参拝客は珍しがってその犬を可愛がり
「白犬は人間に近いと言われているからきっとお前は来世では人間になれるぞ」
「シロ、可愛い奴め、来世ではしっかり人間に生まれてくるんだぞ」
と次々に白犬の頭を撫でていきまして
シロもそう聞かされてる内にその気になってきて
「ワンワンワン」あ、犬の言葉じゃあ伝わらないのでここで通訳させて貰うと
「そっかあ、おいら来世では人間になれるのかぁ、でも来世じゃあつまらねぇなぁ、どうせなら今すぐ人間になりてぇなぁ、そうだここは一つ八幡様にお願いしてみるか」
とそれから三七、二十一日裸足参り、もっとも犬ですから下駄は履きませんが
祈りが通じたのか満願の日スーっと風が吹くと毛が抜け落ちていくじゃありませんか
「嫌だなぁ、なんか変な病気でも貰っちまったのかな」
と自分の体を見回してびっくり、なんと人間の姿になってるじゃないですか
「八幡様に願いが叶ったんだ、手も開く、おお二本足でも立てるぞ」
喜んだのも束の間、遠くからキャーと女の悲鳴が聞こえてくるじゃないですか
「ああ、そうか人間になったからには裸ってのはまずいよな」
と八幡様に奉納されていた手ぬぐいを腰に巻いとこうと、まあここさえ隠しておけば何とかなるだろうって事で警察が来る前にその場を去った訳でありました
「しかし嬉しいな、これでおいらも人間の仲間入りなのか・・・ただ腹が減っちまったなぁ、よし残飯でも漁りに・・・いやいやいや人間の姿で残飯を漁るってのはまずいよな、人間になったからには働かねぇと飯も食えねぇや、よし一つここは一緒に境内に住んで仲良くなったおっちゃんが行ってたっていうハローワークにでも行ってみるか」
と、ハローワークに足を運ぶもそこは腰に手ぬぐいを巻いただけの男、入るなり警備員に羽交い締めにされて追い出された訳であります
「なんだよ、これじゃあ犬の時と変わらねぇじゃねえかよ、しかし腹が減って折角人間になれたのにもう来世に行っちまいそうだ」
そんな時、向こうから知ってる顔が歩いてきまして、それは犬の時分に随分と可愛がってくれた口入れ屋の上総屋の吉兵衛でありました
シロは藁にもすがる気持ちで吉兵衛に声をかけました
「旦那っ、吉兵衛の旦那っ」
「はいは・・・い、ってお前さんなんてカッコをしてるんだい」
「これは奉納の手ぬぐいを拝借しまして」
「奉納手ぬぐいをそんなところに巻くんじゃないよ、しかし可哀想に追い剥ぎにでもあったんだね?いつまでも裸でいるのは気の毒だ」
「へえ、それで旦那に仕事を紹介していただきたいんです」
「そうか、着るものすら取られてる訳だから当然無一文なんだろう?よし、お前さん黒田裕樹みたいに白い肌で気に入った、仕事を紹介してやろう。ただ、そのかっこうはいけない、よし家に来なさい」
そう言って吉兵衛はシロを家に招き入れたのであります
「お前さんは裸足だったからな、家に入る前にその水桶で足を洗ってくれよ、おいおい濡れた足で上がろうとするんじゃないよ、そこに雑巾があるだろう?それで足を拭いて、ほらほらそのまま雑巾を戻すんじゃなくて水桶で雑巾を洗ってしぼるんだよ、ってその水を飲もうとするんじゃないよ、なんだい?お前さんの足からはいいダシでも出てるのかい?」
「旦那!旦那!」
「なんだい急に大きな声を出して」
「この四角い板はなんですかい?」
「お前さんテレビも知らないのかい?」
「ほーこれが噂に聞いたテレビってやつですかい」
「テレビもないなんてお前さんよっぽどの田舎から来たんだね、だから追い剥ぎになんてあっちまうんだよ」
「旦那!旦那!」
「今度はなんだい」
「白い犬が喋ってます」
「それはコマーシャルだよ」
「コマーシャル・・・コマーシャル、お前もきっとおいらみたいに立派な人間になれるからな」
「何をテレビに向かって話してるんだい」
「いや、頑張ってる仲間がいたもんで」
「知り合いでもうつってたかい」
「知り合いっていうか同志でさぁ」
「よくわからない事を言ってないで、ほらこの着物とふんどしをあげるからこれを着なさい」
「ふんどし?」
「なんだいお前さんふんどしの巻き方も分からないのかい、いったい何処の国から来たんだい。ほらじゃあ私が巻いてあげるからそこに立ってって、目の前で御開帳するんじゃないよ!後ろを向くんだよ。さあ次は着物だ、流石にこれはわかる・・・なんで帯を首に巻いて嬉しそうに私に端を持たせようとするんだい」
「すいやせん、散歩の時間かと」
「本当にお前さんは変わった人だね、よしここはそんな変わった人が大好きな近所の近藤のご隠居っていうのがいるんだが、お前さんをその人に紹介しよう」
「ありがとうごぜいやす」
「さあ、善は急げだ。早速ご隠居の所に行こうか」
「はい」
そして二人はそのご隠居の所に向かった訳でございます。
「ううーっ」
「どうした?腹でも痛いのかい?」
「あそこに猫がおりまして」
「それがどうかしたのかい?」
「あの猫はいつもおいらの事をからかうんで、ちょっと噛み付いてやろうかと」
「人間のくせに猫と本気の喧嘩をしようとするんじゃないよ、ってなに今度は電柱の匂いを嗅いで、おい四つん這いで片足あげてなにする気だい」
「へい、ここはおいらの縄張りなんでちょっとマーキングを」
「とりあえず足を下ろしなさい、本当にお前さんは変わってるね、狂気すら感じるよ。でもこれならご隠居もさぞ気に入って下さるだろう」
と、言ってしばらく歩くとご隠居の家に着いたのであります
「それじゃあ、私がご隠居に話しをつけてくるから、呼んだらお前さんは深く頭を地に付けるんだよ」
「へい!」
「ご隠居―いらっしゃいますかい」
「おお、上総屋さんじゃないか」
「今日は是非ともご隠居に紹介したい男がおりまして」
「頼んでいた変わった奉公人を見つけて来てくれたのかい?」
「はい、とびきり変わったのを連れてきました」
「それは楽しみだ、で、どんな人間だい?」
「そこで・・・鴨居に顎を乗っけて舌を出してる男です」
「これは本当に変わってるね、しかも京本政樹ばりに肌が白いのも気に入った。試しに二~三日雇ってみようじゃないか」
「ありがとうございます、それでは三日後にまた伺います」
「まあ、今日は仕事はしなくていいから、色々見て仕事を覚えておくれ」
「へい」
「うちには古くからの女中で元木さん、まあわしは元と呼んでるんだが、分からないことがあったら元に聞くといい」
「へい、わかりました」
「ところでお前さん、生まれはどこだい?」
「へい、蔵前の乾物屋と魚屋の間の路地の」
「ああ、あそこならよく知っているよ」
「さらに奥に行った突き当たりです」
「あの路地の突き当たり・・・あそこは確か掃き溜めじゃなかったかい?」
「へい、そこで生まれました」
「それは大変な所で生まれたもんだ、お父つぁんはどうしてるんだい?」
「お父つぁん・・・オスですかい」
「自分のお父つぁんの事をオス呼ばわりするんじゃないよ、何をしてる人なんだい」
「多分、酒屋のブチじゃねえかって言われてます」
「ほう色々事情がありそうだね、お母つぁんはどうしてるんだい?」
「へい、まだおいらが小さい時に毛並みの良い奴が現れて、一緒にどっか行っちまいました」
「ますます闇が深そうだね、兄弟はいるのかい?」
「三匹ほど」
「こらこら人を匹で数えるんじゃないよ、で、今はなにしてるんだい?」
「片方は小さい時に車にひかれて死んじまいました」
「そうかそれは気の毒に、で、もう片方は」
「近所の悪ガキに首を縄で縛られて橋の上から川にドボン、今頃は太平洋にでも出てるかと」
「なにを呑気に話してるんだい、大事件じゃないかい」
「まあ昔の事なんで」
「ところでお前さん、名前はなんて言うんだい?」
「シロです」
「四郎?三兄弟なの四郎とは珍しいね」
「いえ、只のシロです」
「ああ、只四郎か、いい名前じゃないか。ちょっと四郎が気になるがね。まあいい、お茶でも飲んでゆっくりしようじゃないか、そろそろチンチンとお湯が沸く頃だ、ちょっと見ておくれ」
「あの、チンチンは出来ないんですが」
「なにを言ってるんだいチンチンだよ」
「困ったな、仕込まれてないもんで、見よう見まねですが」
「た、只四郎。なにをしてるんだい」
「え?だからチンチンです」
「こりゃ本格的に変わってるのがきたな、とりあえず茶を煎じるから、そこの焙炉(ほいろ)をとってくれ、ほらそこの焙炉、ほいろ!」
「うーワン!!」
「いきなりなんだい」
「え?吠えろって言ったじゃないですか」
「これはちょっと手に負えないかもしれないぞ、おーい元―元はいぬかー?」
「へい、今朝ほど人間になりました」
おあとがよろしいようで