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侘助―わびすけ―京都弁ver. 作、長月 桜花 京都弁翻訳、いずみ

 

山南 敬助 真面目な好青年、夢と現実の間で苦悩する。

明里 京の元芸妓、明るい性格で山南の苦悩は知らない。

 

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山南

その日は2月だと言うのに随分と暖かい日だった。

私は恋人の明里と江戸に向かっていた。

 

明里「山南はん、江戸はどないな所ですのん?」

山南「人が賑わっていて、それはそれは活気のある所だよ」

明里「でも、ほんまに新選組を抜けはってええんどすか?」

山南「ああ、近藤局長の許しは頂いてるから大丈夫だよ」

明里「そうどすか、それやったらええんどすけど・・・聞けば新選組には隊を抜けるお人にはそれは恐ろしい罰が待っていると聞いたんで」

山南「はははっ、問題ないよ」

 

山南

と、笑って見せたが、私の行為は脱走・・・捕まれば士道不覚悟で切腹。

如何に近藤さんとは試衛館時代からの仲とは言え、特別扱いはされないだろう。

それでも私は明里と、明里との子供の為に生きなければいけない。

そう明里が身ごもったと聞いた時に私は覚悟をしたんだ。

 

明里「でもほんま、気持ちのええお天気どすなぁ」

山南「春はすぐそこだね」

明里「江戸に行ったらどないしましょうか」

山南「そうだなぁ・・・塾でも開いてノンビリと子供に囲まれて生きようか」

明里「ふふふっ、山南はんにピッタリどすなぁ」

 

山南

正直なところ、私は新選組に未来を見いだせなかった。

今の新選組は当初の公武合体の思想を忘れ、幕府を守る為だけに尊皇派の志士達を討つ事にやっきになって本質が見えなくなっている。

今でこそ幕府が優勢ではあるが着実に尊皇運動の種は全国に広がっている・・・それが芽を出せば、長州以外の藩が尊皇派と名乗りを上げれば幕藩体制は大きく揺らぎ、一気に尊皇運動は加速するだろう。

もう一人や二人を切った所でどうにかなる問題じゃないんだよ、近藤さん。

そうなった時に新選組はどうなるか、公武合体を唱える帝でさえも時代の流れを抑えられなくなられた時に、幕府が崩壊して敗走した時に新選組はどうなる。

隊士は討ち死に、幹部は打ち首あたりが妥当だろう。

当たり前だ、恐れ多くも帝に背いた大罪人なのだから、そして私は名ばかりとは言え新選組の総長だ・・・待っているのは確実な死でしかない。

 

明里「どないおしやしたん?山南はん、暗い顔しはって」

山南「いや、少し考え事をな」

明里「一人で悩まんとってウチに話しておくれやす、ウチらはその、夫婦・・・なんやし」

山南「夫婦・・・うん、そうだね。大丈夫、もう解決したから」

明里「そうどすか?それならよろしおすけど」

 

山南

夫婦、か・・・だから私は新選組を、武士を捨ててでも明里の為に生きるんだ。

すまない、近藤さん。私は貴方と運命を共にする事は出来ない。

私はそう覚悟を新たにし、江戸に向けて歩きだした。

 

明里

大津辺りに着いた時どした、その日はほんまに春のように暖こうて、ウチは羽織を一枚脱ぎました。

そしたら山南はんがそれを持っておくれやした。

 

山南「暑いのかい?」

明里「ええ、もうすっかり春のよう」

山南「そうだね今日は特に」

明里「この分やったら侘助がもう咲いとるんやないでっしゃろか」

山南「ハハッ、それは流石にまだ早いんじゃないかな?」

明里「去年一緒に見た侘助はほんまに綺麗どしたなぁ」

山南「そうだね」

明里「こう、目を閉じると幻のように浮かんできます」

山南「今年の侘助は江戸で見れるさ」

明里「江戸の侘助も綺麗なんでっしゃろねえ」

山南「きっと綺麗だよ」

 

明里

その時どした。

 

明里「あら、山南はん。新選組の方がお見送りに来て下はりましたえ」

山南「そうか・・・来たか」

 

山南

私はそう言うと刀に手をかけた。

隊士が何人来ても負ける気はしない、小野派一刀流の免許皆伝は伊達ではない。

そして刀に手をかけたまま振り返った私が見たもの。

そこに居たのは多数の隊士ではなく沖田くん一人だった。

沖田くんは私を見つけると悲しそうに目を伏せた。

追っ手とは名ばかり、沖田くんは私を見つけたく無かったんだ・・・そして、近藤さんも。

まったく・・・ずるいなぁ、私に沖田くんを斬れる訳ないじゃないか。

 

明里「お声をかけなくてよろしいんどすか?」

山南「ああ、そうだな・・・おーい!沖田くん!」

 

明里

山南はんはそう言わはると、新選組のお方の所に歩いて行き何かを話してはりました。

お相手の方は泣きそうな顔をしてはるのに対し、山南はんはとてもほがらかな笑顔どした。

それから後、山南はんは屯所に忘れ物をしたと言うて、再び京に戻る事にならはりました。

その間もずっと、お相手の方が何かを必死に話してはりました。

 

山南

屯所に戻った私は近藤さんと対面した。

なぜ逃げてくれなかった、と近藤さんも悲しそうに言ってくれた。

逃げれる訳がないじゃないか・・・近藤さん、貴方は昔のままの近藤さんだ、試衛館で共に汗を流し、面倒見がよく、バカが付く程に優しい近藤さんだ。

新選組局長と言う立場になり変わってしまったと思っていたが、違った。

総長と言う立場で周りが見えなくなっていたのは私の方だったのかもしれないな。

その後も土方くん、永倉くん、原田くん、他の隊士達が私を逃がそうとしてくれた、逃げるように説得に来てくれた。

でも、私は仮にも総長だ。私がこの期に及んで逃げたら他の隊士に示しがつかなくなる。

私は、もう逃げる訳にはいかない。

 

明里

永倉はんというお方がウチを迎えに来てくれはりました。

山南はんが話したいことがあるから来てくれ、と。

なんで山南はんは来いひんのどすか?と聞いても永倉はんは答えてはくれはりまへんどした。

ウチが屯所に着くと何故か山南はんは格子のある部屋にいはって私を見て驚いた顔をしはりました。

 

山南「明里!?どうしてここに?」

明里「山南はんが話しがあるさかいに永倉はんにウチを呼ぶように頼まれたんやおへんのどすか?」

山南「あ、ああ・・・そうだった忙しくて忘れていたよ」

明里「そんなせっしょうなっ!」

山南「はははっ、ごめんごめん」

明里「それで、お話しってなんですやろか?」

山南「・・・すまないが、当分江戸には行けなくなってしまったよ」

明里「えっ?なんでなんでっしゃろか?」

山南「仕事が残ってるのを忘れていてね、それが片付くまでは私はここを動くわけにはいかないんだ」

明里「そのお勤めはいつ片付かはるんどすか?」

山南「それが暫くかかりそうなんだ」

明里「そうどすか、この子が生まれる頃には終わりそうですやろか?」

山南「ちょっと無理かもしれないな・・・でも君と子供の事はちゃんと頼んでおくから」

明里「そうどすか・・・わかりました!お勤めが終わるのをお待ちしておりますね!」

山南「いや・・・待たないでくれ」

明里「え・・・それはどないな意味ですやろか?」

山南「すまない、仕事の時間だ。行かなくては!!」

 

明里

そうして山南はんは障子をピシャリと締めてしまわはりました。

ウチが何度呼びかけても、もう山南はんは答えてはくれはりまへんどした。

 

山南「明里!お待たせ!!」

明里「山南はん、遅いー!!」

山南「ごめんごめん、ほら!ここが江戸だよ!」

明里「ほーら、ここでお父上と暮らしていくんですよー」

山南「ははっ、笑ってる」

明里「ふふふっ」

 

山南

一瞬・・・楽しい夢を見ていた。

 

山南「沖田く・・・ん・・・やってくれ」

 

明里「やーまなみーはんっ」(笑顔)

 

山南「明里・・・すまない」

 

明里

山南はんが切腹しはったと知ったのはそれから暫くの事どした。

浅野内匠頭もかなわない立派な最期やったそうどした。

なぁ、山南はん・・・新選組の偉いお人があんさんに短歌を送らはったんどすえ。

 

春風に 吹き誘われて 山桜 散りてぞ人に 惜しまれるかな

 

山南はん、今年は侘助見られまへんどしたなぁ。あれはやっぱり幻やったんですやろかねぇ。

 

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